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従業員の1人を仕事のため地方へ日帰り出張で直行直帰を命じて、その日については通常の賃金を支払いました。ところが、本人より自宅から出張先までの時間は、通常の勤務日より朝が早く、帰りも遅いので、残業代が出ないのはおかしいと苦情を言われました。
一般に、出張で遠方に出かける場合などは、出張業務遂行のための往復の移動時間もあり、通常の出勤時刻より早く自宅を出て直行する場合や、出張業務終了時刻によっては帰りも通常の帰宅時刻より遅くなることもあります。このような場合、移動時間は労働時間とみるべきか否かでトラブルとなることがあります。たとえば、会社の1日の所定労働時間は「始業9時00分、終業18時00分、休憩1時間」の場合で、遠方の出張先に9時00分に到着すべく自宅をいつもの出勤時刻より1時間早く出て、出張先の業務終了は会社の終業時刻18時00分であったため、自宅へ着いたのがいつもより1時間遅くなってしまった。移動に要した時間は通常の通勤時間よりそれぞれ1時間(往復計2時間)多く、この2時間分は労働時間として残業となるかという問題です。 出張に伴う移動時間に関しては、原則として、通常の通勤時間と同じように、労働時間には該当しません。この点に関しては、行政解釈において「物品の監視等の特定の用務を使用者から命じられている場合のほかは労働時間として扱う必要はない」(昭23.3.17基発461号等)とされています。裁判例でも「出張の際の往復に要する時間は、労働者が日常の出勤に費やす時間と同一性質であると考えられることから、その所要時間は労働時間に算入されない」(日本工業検査事件・横浜地裁/昭49.1.26)などがあります。
したがって、出張に伴う移動時間は、労働者の自由度が高いので、会社からの指示で必要な書類の作成や商品・機材などを運搬するとか、上司に同行して移動中に仕事の打ち合わせを兼ねるような場合を除けば、労働時間には該当せず、移動時間を含めると1日の所定労働時間を超える場合でも、その超えた部分について残業代を支払う必要はないことになります。また、出張地における業務遂行時間は、労働時間を管理できる上司が同行している場合などを除いて、労働時間の算定が困難な場合が多く、事業場外みなし労働時間制(労働基準法38条の2)を適用して「所定労働時間労働したものとみなす」と就業規則に定めておくのが一般的です。なお、原則として、移動時間は労働時間とみなされないため、「事業場外みなし労働時間」に含めることもできません。したがって、拘束時間が長くなることが多い出張業務については、従業員の不満とならないように、距離や時間などの一定の基準を設けて、出張手当などを支給することが望ましい調整方法です。
また、会社の所定休日に出張先に移動する場合、たとえば、月曜の朝からの地方での仕事のために、前日の日曜日に移動するなどです。このような場合は、折角の休日は移動日、休日出勤とはならないのかという問題が生じます。前述のとおり、移動時間に業務に該当するようなこと(書類の作成や商品・機材などの運搬等)がなく、労働者の自由が確保されていれば、労働時間とはみなされず、時間外労働や休日労働となることはありません。 法律上は、出張に伴う移動時間及び移動日については、会社から労働とみなされる特別な指示などがある場合を除き、労働時間ではなく、時間外手当や休日出勤扱いしなくともよいのですが、命じられた従業員は時間的に拘束されるので不満が生じやすいため、出張旅費規程を整備するなどで出張業務について手当や日当などを支給したり、休日移動の場合は代休を与えるなどの措置を講ずるのがよいでしょう。
労働基準法では「賃金は、通貨で、直接労働者に、その金額を支払わなければならない」(第24条第1項)と定めています(賃金全額払いの原則)。この定めは、労働した時間に対応する賃金は、たとえ1分であっても賃金を支払うことを定めているものです。これに違反した場合には「30万円以下の罰金」という刑事罰も設けられており(労働基準法120条1号)、労働基準監督署の調査などで発覚すると是正指導・勧告を受け、遡及して支払いを命じられることにもなります。
なお、労働時間の端数処理に関しては、例外が認められており、「1ヶ月における時間外労働、休日労働および深夜業の各々の時間数の合計に1時間未満の端数がある場合に、30分未満の端数を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げることは差し支えない」とされています(昭63.3.14 基溌第150号)。たとえば、1日の所定労働時間が7時間である会社において、1か月の賃金締切期間に3日間の残業時間があり、それぞれ「16分」、「31分」、「45分」であった場合、合計1時間32分の残業時間があることになります。この場合に、端数処理として32分を1時間に切り上げることは差し支えありません。 併せて、3日間の残業が「10分」、「31分」、「45分」で、合計1時間26分を1時間として26分切り捨てることも差し支えありません。つまり、30分以上は切り上げ、30分未満は切り捨てるという、有利となる場合、不利となる場合を混在させることで一か月という一賃金締切期間単位で時間外労働の端数処理を行うことは認められています。しかし、日々の労働時間の端数処理については、労働者にとって有利となるような切り上げ処理(10分未満は10分とするなど)以外は認められないことになります。労働時間計算に不随して注意しなければならないのですが、残業代(割増賃金)の計算に伴う端数処理です。「残業代の基礎となる1時間当たりの賃金額および残業代の計算結果に円未満の端数が生じた場合、50銭未満の端数は切り捨て、50銭以上の端数は切り上げること」および「1ヶ月における時間外労働、休日労働、深夜労働の各々の割増賃金の総額に、1円未満の端数が生じた場合、50銭未満の端数は切り捨て、50銭以上の端数は切り上げること」は差し支えありません。