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人事労務の法律教室(8)定年延長する代わりに55歳から賃金を減らしてもよいのか?

定年を60歳から65歳に引き上げようと思います。人件費を抑えるために60歳以降は賃金を低く設定したいのですが、これは「不利益変更」になりますか? また、定年を引き上げる代わりに55歳以降の賃金を少し減額することは可能でしょうか?

60歳以降の賃金を低く設定するのは不利益変更ではありませんが、働く意欲を削ぐほど低くするのは法の趣旨に反します。 55歳から賃金を減額するのは不利益変更にあたります。しかし、減額幅や必要性などから合理性があると認められる程度であれば減額も可能です。

○変更内容が合理的かどうか

賃金引き下げなど労働者の既得権(すでに獲得している権利)を奪うことを「不利益変更」といいます。 労働条件の不利益変更は、個々の労働契約でおこなう場合も、就業規則の変更によっておこなう場合も、労働の同意を得るのが大原則です。
では、一人でも同意しない人がいたら就業規則の不利益変更はできないのでしょうか?
これについては、労働契約法第10条において、「就業規則の変更が合理的なもの」であれば、変更後の内容を周知することによって、同意がなくても不利益変更が許されるとしています。
では、合理的か否かはどのように判断すればよいでしょうか?
労働契約法や過去の裁判例では、合理性の判断要素として次のようなものをあげており、これらを総合考慮して判断するものとしています。

  1. 労働者が受ける不利益の程度
  2. 労働条件の変更の必要性
  3. 変更後の就業規則の相当性
  4. 代償措置その他労働条件の改善状況
  5. 労働組合等との交渉経緯
  6. 他の労働組合や他の労働者の対応
  7. わが国社会における一般的状況

特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利については、「高度の必要性にもとづいた合理的な内容のもの」である場合に効力が生じるとされています。

○定年後の賃金引き下げは不利益変更ではない

前述の通り、不利益変更とは「労働者の既得権を奪うこと」ですから、定年を60歳から65歳に引き上げ、その引き上げられた期間にそれまでより低い労働条件を設定しても不利益変更とはなりません。60歳以降はそもそも労働条件自体が存在しなかったからです。

これは過去の裁判例でも「不利益変更ではない」と判断されています(協和出版販売事件)。ただし、この判決では、「高齢者雇用安定法では、定年延長後の雇用条件について延長前の待遇と同一にすることは定めていない」としながらも、「労働者に勤務する意思を削がせ、現実には多数の者が退職してしまうようなものなど、法の目的に反するものではいけない」と述べています。この点には配慮しなければなりません。

○定年延長する代わりに55歳から賃金を引き下げるのは?

では、定年を60歳から65歳に延長する代わりに、その交歓条件として55歳から60歳までの賃金を減額するのはどうでしょうか?
これについては、55歳から60歳までの既得権を奪うことになるため不利益変更となります。 ただし、不利益変更でも労働者の同意があれば減額が可能です。また、同意が得られない場合でも「合理性」があれば減額が可能でしょう。
合理性の判断は、前述したような判断要素を総合考慮しておこなわれるため、「こうすれば大丈夫」と言い切れるものではありませんが、参考までに過去の裁判例をご紹介します。

D社では、55歳を定年と定めていましたが、事実上の運用として58歳まで勤務延長が可能となっていました。新たに定年を60歳とするにあたって、55歳以降の賃金を減額、定期昇給を無くし、賞与も減額しました。賃金は54歳のときの63%〜67%となり、55歳から58歳までに得られた賃金額を、60歳近くまで勤務しなければ得ることが出来ないなど不利益が大きなものとなりました。

判決では、定年延長が社会的にも強く要請されている一方、定年延長にともなう賃金水準等の見直しの必要性も高い状況であったこと、労働組合との交渉を経て労働協約を締結していること、減額後の賃金水準も社会一般より高いことなどから、55歳以降の労働条件変更を有効と判断しました(第四銀行事件)。

  
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